教師の仕事「いろいろ過多」

教師の実状

「なぜこの仕事を?」という問いかけに対して、後輩諸氏は「自分が子どもだった頃の先生が大好きで、だから自分も…」といった返答をくれることが多い。このきっかけは時代を超えて変わらぬ多数派なのだろう。もう1つの多数派は「親が教員だったので、自分も自然に…」というタイプ。確かに、これまで教員の子女を何人も担任してきたが、やはり子どもの頃から教員らしさの片鱗が見えていた子は多い。どちらにしても、幼い頃の憧れがずっと色褪せず、自分のキャリアとして実を結んだというのはカッコいいことだと思う。

 私自身は、どちらにも当てはまらない。だいぶキャリアも長くなると、その質問自体、される側になることがなくなるのだが、勝手に答えるなら「いちばんおもしろそうだから」となる。他のどの仕事よりも楽しめるような気がした。自分らしさを生かせる気がした。

 それは正解だった。楽しめるし、らしさを生かせる。

 これから教員を目指す方々に1つ断言できることがそれだ。「やり甲斐しかない」といえるほどである。「子どもが好き」「教えるのが好き」「昔の担任の先生が好き」どんな「好き」も肯定されるし、糧になる。「教師って楽しそうだな」と思った方々全員が、そう実感できる職場ではある。

 だがそこにいくつかの想定外も存在する。「想定はしていたものの、そんなに気にしていなかった」なんて項目まで含めるとかなりの量に上る。真っ先に思い浮かぶのが待遇面である。残業代がほぼ0というのは、このところ世間でも話題になることが増えてきたので、ご承知の方も多い。

だが、あまり話題に上らないことの1つに、教材教具の自腹出費というものがある。体育用の跳び箱や理科用の実験器具など、児童が直接使う備品については、当然学校の予算から購入する。また、自治体にもよるが、図工で使用する画用紙や、野菜の苗などは、保護者から集めた学級費を充てることが多い。

だが、そうではなくて、教師が日々授業や事務作業で使用しているこまごまとした物品の数々は、いちいち予算計上なんてしない。必要経費の計上なんて、そもそも教員の意識にないので、ほぼすべてが自腹購入である。私の場合は、ボールペンの交換用リフィルだけでも、毎年どれくらいかかっているのか分からない。

コスパの面だけでなく、タムパでも物申す。教師は休日も何かしらの仕事を抱えているのが普通。私の場合は、週末にまとめてワークシート類を確認することにしている。また、新採用の頃から、学級通信を書くのは週末というパターンができているので、それも休日の仕事の1つ。そのほかもろもろ含めて、昨今話題の「教師のバトン」で吐露されている内容は、ほぼすべてが事実である。

だが、そういった厳しい待遇は、労働者である我々の意識からそうさせているものがかなり多く含まれているように思う。残業代が支払われないことを嘆きつつ、自分のペースで放課後ゆっくりと仕事を進めている教員は数多い。休みの日も学校に来ないとむしろ不安になるなんていう者もいる。

「働き方改革」という言葉が、公立学校にも確かに浸透してきているが、その追い風を生かす本気さが、私も含めた教師の側に薄いのかもしれない。だが、微風ではあるものの、追い風は確かに吹いている。私自身、数年前と比較して帰宅時刻は平均1時間ほど早まっている。

さらなる法改正により、残業代を追加で払ってもらえるようになったとしたら、それこそ大躍進である。それが実現するのは確かに大歓迎なのだが、個人的にはそれ以上に「人を増やしてほしい」という思いの方が強い。人員の確保が困難なら、その分「業務を減らす」という方針もかなり助かる。「残業代の分、予算がかさむから、人員は減らすことになりました」なんてことになったら、もはやうれしいのかくやしいのか分からない。

今回のテーマはまとめるのが容易でないので、まあそんな感じなんでしょうね、という程度で読んでもらえれば幸いなのだが、どんな労働条件下であっても、教員への憧れをもってこの世界の扉を開く人たちは、常に一定数存在する。教師もただの人間ではあるが、それでも教育は聖職であり、教師は誇るべき職務であると心底思う。力ある後進が、今後も目を輝かせてこの仕事を楽しめる社会であってほしい。

最後までお付き合いいただき、毎度のことながらありがたき幸せです。またお会いできますように。

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