レオ・レオニといえば、物語文「スイミー」の作者として、光村の教科書を使用している2年生以上の子どもたちにはおなじみである。ちなみに他の教科書にも、レオ・レオニの作品は多く登場しているのだが、50年近くの間、ずっと掲載が続いているのはこのお話だけではないかと思う。違ってたらごめんなさい。
私はこの物語文の学習に入る前に、まずレオ・レオニだけでなく、訳者の谷川俊太郎氏にも触れることにしている。実は子どもたちにとって、谷川氏との出会いはスイミーが初めてではないらしい。1年生の教科書にも言葉遊びの詩として取り上げられていることを、子どもたちから聞いた。へえ。
その指摘どおり、3年生以降でも谷川氏の詩は、教科書にしばしば取り上げられる。いずれまた「谷川俊太郎」という名前を目にしたとき「あ、スイミーの人だ!」と思い出してもらえることを願っての紹介である。だが、谷川氏について触れるのは、近い将来の再会を見越しての意味だけではない。
「スイミー」の面白さは、一読で子どもたちにも分かる。知恵と勇気の冒険譚なのだから。その魅力は、レオ・レオニの描く幻想的な海の世界を目にすることで、より鮮明に子どもたちに伝わる。
そこに詩人である谷川氏の日本語訳が加わることで、小気味のよいリズミカルな文章が流れ込んでくるように感じてくれる。
リズミカルな文章であることの最大の利点は、子どもたちが自然とその一文一文を声に出して読みたくなるという点である。もともと音読は子どもたちにとっての「好物」の1つだが、詩人が紡ぐリズミカルな文章は、耳への当たりが心地いいため、何度か読んでいるうちに覚えてしまう子どもが現れる、それほど労せずにである。
ある程度、学習が進んだところで、改めて子どもたちに2つの話を振ってみる。1つめは「この場面の文章、覚えちゃった人いませんか?」ということ。すると必ず、そう、必ず!誰かしらが「覚えた!」「ぼくいいたい」「私もやりたい!」と名乗りを上げる。
できるできないはどうでもいい、というのは教師ならみんな思うこと。「やりたい」という一人目が出てくることが好ましい展開であり、そうなるような「くすぐり発問」を考えるのが楽しみである。
ちなみにもう1つの振りというのは、谷川氏の他の詩を1つか2つ、紹介することである。そうすることで、やはり耳に残る感覚やリズムのよさを改めて実感する機会となる。
暗唱チャレンジが一度始まると、次の授業からは「またやろう」の声が向こうからかかるようになる。授業の時間配分を考えながら、毎回数人ずつ挑戦させるでもよし。テスト等の課題をやらせておく傍らで「全文暗唱」のチャレンジャーを教師の机の前に呼んでもよし。休み時間に「失敗したから、もう1回チャレンジ」を願う子の要望に応えるでもよし。
スイミーに命を吹き込んだ二人のありがたさを、こうしていま、私はかみ締めています。
最後までお付き合いいただき、それもまたありがたき幸せです。またお会いできますように!
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